【2013年1月21日 盛岡城訪問レポート】
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岩手公園下の石垣 |
11時38分、盛岡城址のT字路に到着。
眼前に高い石垣がそびえ立っている。
その上が公園(城址)なのだろう。
T字路の名が「岩手公園下」とは、うまいネーミングだ。
公園入口の先は坂道で、雪が積もっている。
滑って転ばないようにと慎重に坂を上る。
真冬でも上る人は多いようで、坂の雪は幅広く踏み固められている。
踏み固められていない端っこを恐る恐る進んだ。
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公園入口の坂 |
登った先は腰曲輪という所だった。
ここも、雪で真っ白。
上り坂の踏み固められ具合はたくさん人が通ったようだったけれど、曲輪には誰もいなかった。
ここで公園の地図を見つけ、後ろの階段を上ったところが本丸だとうことがわかり、直ぐにそちらへ進んだ。
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城址公園地図 |
11時45分、本丸到達
ここには一人先客がいた。
ここで目を引いたのは、数少ない先客より何も載っていない台座。
こんな珍しい物があることを来て初めて知った。
予習不足を痛感しつつも、知らずに来たほうが見つけた衝撃が強いことも実感する。
それにしても、あるべき物がないという景色はとても気にかかる。
周囲に云われ書きがあるだろうと、早速、台座を見に行った。
やはり、あった。
云われ書きには、南部家42代・南部利祥の像があったとあり、騎乗姿の像の写真が添えられていた。
日露戦争で活躍・没した功績を、維新の時に朝敵とされた南部藩の汚名を濯いだとして讃え、明治42年に建設されたそうだ。
しかし、昭和19年に軍需資材として供出されて、以後、台座だけが残ったままとのこと。
像がないほうが関心を引き付けるだろうという策略にあっさりはまった悔しさはあるものの、維新から大戦までの歴史に想いを馳せる逸話を知って得した感のほうが大きい。
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腰曲輪から本丸への階段 |
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本丸跡 |
台座の話に満足して、本丸をよく見もせずに、「プラザおでって」方向をめざして下り坂を降りた。
坂を降りきったところに広場があった。
広場の名前を書いた看板がないかと探したが見当たらない。
とりあえず、本丸方向の写真を撮影。
その先に進もうと思ったが冬期通行止めだったので、広場に入った所へ戻って、橋を渡った先にある隣の広場へ進んだ。
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多目的広場から見た本丸方向 |
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冬期通行止め |
橋の先の広場に、公園地図があった。
それを見て、今いる所が「芝生広場」でさっき写真をとった所は「多目的広場」だと知った。
通行止めの道は、もりおか歴史文化館へ抜ける道だった。
間抜けなことに、ここで本丸から二ノ丸へ通じる道があることを知り、本丸に戻ることにした。
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芝生広場(橋のむこう) |
戻り始めたときにちょうど12時となり、何やら民謡のようなそうでもないような音楽が鳴り始めた。
昼の防災無線放送だろうが、最後まで何の曲だかわからなかった。
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渡雲橋 |
本丸に向かい、いったん降りた坂を上る途中で前方に赤い橋を見つけた。
本丸と二ノ丸とつなぐ渡雲橋だった。
まっすぐ進んで、橋をくぐればすぐに二ノ丸へ行けそうだったけれど、初志を貫き本丸へ戻って橋を渡ることにした。
橋を渡って二ノ丸に入ったのが12時4分。
芝生広場から僅か4分。
本丸経由の遠回りもささほど時間はかからなかった。
二ノ丸にはいくつかの碑があったが、銅像のない台座ほどインパクトがなくスルー。
城内どこに行っても雪が積もっていて、足早になってしまう。
二ノ丸滞在は4分ほどの滞在で三ノ丸へ移動。
三ノ丸の滞在はさらに短く僅か2分。
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本丸から渡雲橋ごしに見える二ノ丸 |
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二ノ丸跡 |
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二ノ丸から見る三ノ丸 |
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三ノ丸跡 |
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三ノ丸出口 |
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櫻山神社 |
三ノ丸の坂を下った先に、櫻山神社があった。
神社が面する大通りを右方向に進み、12時15分、中津川に架かる「中の橋」へたどり着いた。
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「中の橋」の先にある「プラザおでって」 |
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プラザおでって入口(2階) |
橋を渡り、「プラザおでって」に立寄り、百名城のスタンプをゲット。
「プラザおでって」って観光物産売り場のような商業施設を想像していたのだが、スタンプを置いてある所は観光案内所のようだった。
カウンターのお嬢さんが、城址公園のガイドマップをくれた。
とてもわかり易いマップだ。
たくさんの見所が書き込まれていて、城址散策前に見ておきたかったを思う逸品だ。
スタンプの在り処(観光案内所)が盛岡駅と城址の間にあればいいね。
城址に行く前に立寄ってマップを入手できるから。
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上の橋 |
スタンプを押しているときに、居合わせた地元の人らしきおじさんが、「昨日は天気が悪かったけど、今日は最高だ」と声をかけてくれた。
「この位の天気なら、裸でも歩ける」との冗談に対して、「まさか、それは無理でしょう・・・」と馬鹿正直に応じた自分のユーモアの無さが情けない。
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上の橋 擬宝珠 |
数分でプラザおでってを出て、中津川上流の上の橋を目指す。
おでって向かいの赤レンガの建物(旧岩手銀行本店)の写真を撮ろうかと思ったが、川沿いの道では良いアングルを見つけられずスルー。
10分程歩き、12時31分に上の橋へ着いた。
橋を渡った左側に、擬宝珠(ぎぼし)の碑がある。
なんだか古い物のようだが、銅像みたいに軍需資材供出の対象にはならなかったのだろうか。
戻りは、来たときの反対岸を歩いた。
中の橋の道を渡り、再び城址公園の敷地へ入る。
12時46分、もりおか歴史文化館に入館。
1階に売店やちょっとした展示物があるが、ここは無料。
2階の展示は300円(大人)の入場券を買わなければならない。
有料展示は、南部藩の体制や運営、幕末の動乱それから近代にも続く産業と盛りだくさん。
一通り観覧するのに30分強を要した。
政治・経済関連の面で充実した展示に大満足。
「歴史文化館」という名前は、石川啄木や宮沢賢治を輩出した盛岡らしいが、文化の展示は印象が薄く何があったか記憶にない。
これは、あくまでも文学より政治・経済に興味がある私の個人的な感想。
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中の橋 |
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もりおか歴史文化館 |
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下の橋 |
13時35分、もりおか歴史文化館を後にして、下の橋に向かって歩き始める。
中津川の上流から「上の橋」「中の橋」「下の橋」の順で架かっている。
スタンプが置いてあるプラザおでっての訪問は、城訪問レポートに書かなければならないので、その手前の中の橋も城訪問の一部にせざるを得ない。
上の橋も、城址公園内にある「もりおか歴史文化館」の前に訪ねたポイントなので城訪問に書くしかない。
そうすると、上・中の橋とセットのような名前の「下の橋」も入れなければという気持ちになり、盛岡城訪問のゴールは下の橋に決めた。
13時46分、下の橋に到着。
3時間以上、休み無く歩き続けたが疲労感まるでなし。
楽しかった。
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